重要事項説明書は、宅建業者が借主に交付する書面です。法定で最低限必要な内容は、網羅されています。契約書と重複する部分もかなりあります。相当な分量になりますので、一般的には30分から1時間、定期借家であれば1.5時間ほどの説明の時間が必要です。現在、この説明をウェブ上でもできるように社会実験が準備されています。管理人は、この件に関して必ずしも反対の立場は取りません。重要事項説明書に関しては、これまで売買の方でも取り上げてきましたから、ここではこの新しい流れについてお話をします。
政府主導で推進されるビジネスのモデルをデジュールスタンダードといいます。ディフェクトスタンダードという言葉は聞き覚えがあると思いますがこれは市場に任せたいわば民間主導のビジネスのモデルを指します。一般に”民間主導”の場合は、需要と供給が合致しないと進まないので、社会的な軋轢は少ないと解されています。勿論その競争の中での栄枯盛衰はあります。”政府主導”の場合は、何がしかの社会コストの低減を目して推進され、需要と供給を最優先することは殆どありません。従って、相当な社会的軋轢を生むケースもあります。
賃貸不動産会社のフランチャイズ化が進んでから相当な年月が経ちました。管理人は、この現象をどちらかに振り分けるなら、”民間主導”にします。借主にとっては訪れやすくなったでしょうし、貸主にとってもネットを利用した目新しい営業手法は魅力的であったと思います。不動産会社側も店舗のイメージが向上しました。負の側面もありますが、”民間主導”の場合はそのような側面も自然淘汰されるものです。
今回の不動産取引時の重要事項の”説明”の面前要件撤廃の動き(ネット等の利用ができる)は、不動産業界側の声は小さく、明らかにウェブ取引のモール運営者側の働き掛けによるものです。ウェブモールを利用してもらう機会が増えればそれだけ彼らの収益になります。宅建業法に係る責任は、多分かけらも負わないでしょう。顧客(利用者)の利便性の向上を盾に、不動産業者が圧倒的に不利なメンバー構成の各種審議会が開催されます。政府側もこの件にはかなり乗り気なようで”政府主導”といえそうです。
さて、管理人は必ずしも反対ではないと申し上げました。大きくは、2つの条件があります。
- 重要事項説明の法定調査方法の見直し(行政庁に協力義務を負わせる)
- 宅建業法第47条第1項の見直し(「不実告知の禁止」の削除)
「1」については、現在は、宅建業者が行政に出向いてそれぞれの部署ごとに調査をしています。当然のようですが聞く側も聞かれる側も相当な労力を使います。しかもその内容はクリエイティブなものとは程遠く、殆どが”何に指定されているか”の確認事項です。そのような情報は、それを持っている行政側が一元管理して提供すればよいのです。長崎市でも一部にそのような設備はあります。しかし必ず「証明書ではないので担当部署で確認ください」と責任回避されます。その物件の法的で外形標準的な事実に関しては、行政の一元管理された証明書を発行すべきです。勿論、市・町・村、県、国レベルの場合分けは必要です。
「2」については、少し難しい法律論になります。「うそをつくな」という当たり前のことを法制化すると、契約に至るまでの間に何か一つでも勘違いや言い損ないがあると宅建業法違反と判断される恐れがあります。その内容は問われません。このような規定は、業者にとって一方的に不利な条項であり無効であると管理人は思っています。ウェブ化が進むと録画や録音された部分だけが”説明”とみなされ、現在のように物件問い合せや内覧から契約に至るまでの間のすべての”説明”を業法上の”説明”とみなしにくくなるでしょう。業者は質問のつどに回答をすることも多く、全てを書面化していたら大変な事務作業になるものと思われます。ISO導入でも経験済みですが、社会的損失です。
最後に借主の便益についてお話しします。まず”説明”の時間短縮、簡素化が図られます。また業者も積極的・自発的に物件の特徴について述べることができるので率直な情報を得ることができます。業法違反を警戒しすぎて、いつも奥歯に何か挟まったようなしゃべり方ばかりの不動産業者は少なくなるでしょう。更に行政の証明書は確実なものですから、それ以外の賃貸条件などを集中的に精査すればよいので、重要事項説明書や契約書を理解しやすくなります。残念ながらすぐにこのような状況になることは考えにくいものです。行政は一度走り出すとなかなか方向転換しません。